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福岡地方裁判所 昭和35年(ワ)1号 判決

原告 平田鶴喜

被告 森静男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三二万一、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年六月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  原告は昭和三四年六月一八日被告から別紙目録〈省略〉記載の宅地、同仮換地上所在の家屋及び同家屋内のバー設備を一括して代金五九〇万円、同月三〇日に右の明渡を受けること等の約定を以て買受け、同月三〇日これが代金の支払を了した。

(二)  ところが被告は右仮換地の内北側境界に平行して間口一尺六寸五分、奥行八間二八その坪数二坪一合四勺を明渡さないので(その余は約定の日に明渡を受けた)、原告は昭和三四年一二月一〇日被告に対し同月二〇日までに右の部分を明渡すよう催告したが、被告においてこれに応じなかつたので、同月二六日被告に対しそれを理由に右未明渡部分について右売買契約を解除する旨の意思を表示した。

(三)  右売買代金中宅地すなわちその仮換地の代金は一坪当り金一五万円に相当するので、右解除部分の代金は金三二万一、〇〇〇円である。

そこで、原告は被告に対し右金三二万一、〇〇〇円の返還及びこれに対する昭和三四年六月三〇日以降完済まで年五分の割合による利息の支払を求めるため本訴請求に及んだと陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の(一)の事実は認める。もつともその目的物の宅地すなわち仮換地は二九坪三合九勺現実に存することで売買したのではなく、原告が明渡しを受けたと自認する範囲でそれを特定して売買したものである。そして被告はその部分は既に明渡しているのであるから、被告に債務不履行はない」と陳述した。〈立証省略〉

理由

原告主張の(一)の事実は当事者間に争がない。この点に関し、被告はその目的物の宅地すなわち仮換地は二九坪三合九勺現実に存することで売買したのではなく、原告が明渡しを受けたと自認する範囲でそれを特定して売買したものであると主張するけれども、これを肯認し得るに足る証拠はなく、かえつて成立に争のない甲第五号証、証人川上智海の証言によれば、それは二九坪三合九勺を目的として売買せられたものであることが認められるのである。

ところで、原告は被告が本件仮換地の内北側境界に平行して間口一尺六寸五分、奥行八間二八その坪数二坪一合四勺を明渡さないのを理由に、原告主張の手続を経てその部分について本件売買契約を解除する旨の意思を表示したと主張するのであるが、成立に争のない甲第四号証、検証の結果、鑑定人坂田勇の鑑定の結果によれば、本件仮換地は間口三間五五、奥行八間二八の二九坪三合九勺であること、原告が被告の不履行部分と主張するのはその内の間口一尺六寸五分、奥行八間二八の二坪一合四勺であること、本件仮換地附近は福岡市の中心的歓楽街で家屋が密集していることが認められ、該認定の本件目的物全体から見た不履行部分の割合及びその位置、該不履行部分のみの利用価値等を考えるとき、かかる場合においては他に特段の事情の認められない限り、該不履行部分についての契約の解除は信義誠実の原則に照らし許されないものと解するを相当とするので、たとえ前叙の手続を経て契約解除の意思表示がなされたとしても、その效力を生ずるに由ないものといわなければならない。そうすれば、原告が他の方法で被告の債務不履行の責任を追及するのは格別、契約解除を前提としての原告の本訴請求は既にこの点において理由がないので、爾余の点について判断を加えるまでもなく失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男)

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